Low T3症候群について

甲状腺Low T3症候群とは何か?

甲状腺Low T3症候群(Low T3 syndrome、またはNon-thyroidal Illness Syndrome: NTIS)は、重大な身体的ストレスや慢性疾患時に見られる、甲状腺ホルモン(特にトリヨードサイロニン:T3)の血中濃度低下を特徴とする状態です。甲状腺自体の機能異常ではないため、"非甲状腺性疾患症候群"とも呼ばれます。

この状態では、TSH(甲状腺刺激ホルモン)は正常〜軽度低下、Free T4は正常範囲、Free T3が顕著に低下するというホルモンパターンが見られます(Peeters RP et al., J Clin Endocrinol Metab. 2005)。

主な発生要因

  • 感染症、外傷、心不全、腎不全、肝不全、糖尿病などの慢性疾患

  • 集中治療室(ICU)に入院する重症患者の約70%で認められる(Fliers E et al., Lancet. 2006)

  • 栄養不良、絶食状態、過剰なカロリー制限

ガイドラインと最新知見から読み解くLow T3症候群の評価

日本甲状腺学会やATA(米国甲状腺学会)の見解

現時点では、Low T3症候群に対する甲状腺ホルモン補充療法についての統一された推奨はなく、個々の病態に応じた判断が求められます。特にICUなどの重症患者においては、ホルモン補充が予後改善に繋がるかどうかのエビデンスは不十分です(ATA Guidelines, 2016)。

最新の研究報告

  • 2022年の中国の前向き研究では、Free T3レベルが低い心不全患者では死亡率が高く、予後指標としての有用性が示されました(Zhou X et al., Front Endocrinol. 2022)

  • ICU患者におけるFree T3低下と長期的な神経学的転帰との関連が報告され、モニタリングの意義が見直されています(Van den Berghe G et al., N Engl J Med. 2001)

このように、Low T3症候群は単なる一時的なホルモン低下ではなく、疾患の重症度や予後と密接に関連する重要なサインであることが明らかになってきました。

甲状腺機能低下症と死亡リスクについて

アメリカ甲状腺学会

なぜ見逃されやすいのか?早期診断の意義

Low T3症候群は、TSHとFree T4が正常であるため、標準的な甲状腺機能検査では見逃されやすいという課題があります。そのため、Free T3の測定が診断において極めて重要です。

見逃しがちなケース:

  • 糖尿病や慢性腎不全の定期検査でTSH正常→安心してしまう

  • 摂食障害やダイエット中の倦怠感・寒がりの訴えを自律神経の乱れと誤認

当院では、Free T3の積極的測定と臨床症状との照合を行い、Low T3の見逃しを防いでいます。

早期診断のメリット:

  • 栄養介入や慢性疾患治療の見直しなど、病態の根本治療が可能

  • 免疫や代謝の改善、QOL(生活の質)向上に貢献

治療介入とその安全性について

Low T3症候群に対する治療は大きく二つに分かれます:

1. 原因疾患への介入(第一選択)

  • 感染症、糖尿病、腎不全、心不全などの基礎疾患の治療

  • 栄養状態の改善:総カロリー、たんぱく質、セレンや亜鉛などの微量元素補充

2. T3補充療法(慎重に適応)

  • ICUでの小規模研究では、T3補充により酸素消費量や代謝回復が一部報告されていますが、

  • 副作用(心負荷、頻脈など)のリスクがあり、慎重な選択が必要です(Wiersinga WM. Thyroid. 2015)

当院では、T3補充を第一選択とはせず、栄養・代謝の最適化による改善を基本方針としています。

当院でのサポート

 

当院では、甲状腺ホルモン全般に精通した内分泌専門医の立場から、Low T3症候群の診断とサポートを以下のように行っています:

1. Free T3を含む精密な甲状腺パネルの測定

  • 通常の健診では測定されないFree T3も標準で測定

  • 症状に応じてrT3やTRH負荷検査も検討

2. 慢性疾患の包括的マネジメント

  • 糖尿病・腎疾患・栄養障害などの同時管理

  • 栄養士・運動療法士との連携による生活習慣の見直し

3. 安全性重視の治療戦略

  • 不必要なホルモン補充を避け、体への自然な回復力を活かす

  • 病態の個別評価と継続的なモニタリング

患者さん一人ひとりに合わせた丁寧な診療を通じて、隠れたホルモン異常にも気づける診療体制を整えています。気になる症状がある方は、どうぞお気軽にご相談ください。


監修者プロフィール

院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士 (東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

資格・専門性

  • 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医

  • 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。

 

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