TSHが高いと言われたら

潜在性甲状腺機能低下症の疑い

潜在性甲状腺機能低下症の疑い検査でTSHが高いと言われた時は、潜在性甲状腺機能低下症が考えられます。

潜在性甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモン(サイロキシン、遊離サイロキシン)はほぼ正常なのに、脳の下垂体や視床下部がごく僅かな甲状腺ホルモン不足を認識して、下垂体が指令を出すためにTSHが基準を超えて高くなる病態です。これは、甲状腺ホルモンが基準値を下回る、顕性甲状腺機能低下症の予備軍と言えるでしょう。

潜在性であっても、状態によりホルモン補充治療が行われます。潜在性甲状腺機能低下症は人口の4~15%いると考えられており、女性に多く、加齢に伴ってその数が増えていきます。

甲状腺疾患で血液検査を行う理由

前兆なく甲状腺疾患を患うことがあります。甲状腺はホルモンを放出する器官です。甲状腺から放出されたホルモンは血管内を流れます。そのため、血液検査により様々なことが調べられます。

ホルモンの放出は、脳によって調節されており、脳の指令によりホルモンが大量に作られることもありますし、指令が止まればホルモン量も減少します。この仕組みのおかげで、血液中のホルモン量は一定の数値を保つことが可能です。しかし、ホルモンを放出する器官に問題が起きるとホルモンの量は変化します。血液検査を行うことにより、この変化を知ることができます。

ホルモンの量をコントロールするために、脳から各器官へ命令ホルモンが出されます。その1つに甲状腺刺激ホルモン(TSH)があります。この命令ホルモン(TSH)の量を調節することで、甲状腺から出る甲状腺ホルモンの量を変化させます。 血液中には甲状腺ホルモンと命令ホルモン(TSH)の両方が存在します。つまり、血液検査を行うことで2種類のホルモンの状態を確認することが可能となります。

TSHだけが高い場合

橋本病の疑いがある

橋本病の疑いがある甲状腺の診療で行う血液検査には、ホルモン検査も含まれます。甲状腺ではトリヨードサイロニンとサイロキシンの2つのホルモンが作られています。この2つのうち、トリヨードサイロニンの方が強く作用すると考えられています。肝臓や腎臓では、サイロキシンからトリヨードサイロニンへと転換されます。

また、これらのホルモンはタンパク質と結びついて血液中を流れます。そのうち、ごく微量が分離して身体全体に働きかけます。この2つのホルモンを血液検査で調べます。脳から放出されたTSHがレセプターと結合することで、トリヨードサイロニンとサイロキシンの生成と放出が始まります。また、血液中を流れる2つのホルモンはTSH抑制の働きを担います。このメカニズムはネガティブ・フィードバックと呼ばれています。この作用により、ホルモンの量を一定に維持することができます。

血液検査では、TSH、トリヨードサイロニン、サイロキシンの量を確認します。もしTSHだけが基準値より高い場合、橋本病かもしれません。単に症状の有無だけでなく、血液検査による客観的な指標で判断することが重要です。

潜在性甲状腺機能低下症の主因は「橋本病」

潜在性甲状腺機能低下症を発症する原因として多いのは橋本病で、橋本病が症状を示すような甲状腺機能低下症へと進む途中で多く見られます。橋本病は、身体を守る免疫システムがご自身の正常な臓器や細胞を標的にする自己免疫疾患の1つで、慢性甲状腺炎とも言います。

中年の女性に多い疾患で、甲状腺が広汎性に腫れて硬くなり、組織の破壊や変性が非常に進行すると甲状腺自体が退縮し、甲状腺機能低下症の症状を示します。 成人女性では、30~40人に1人という割合でよく見られる病気で、主な症状としては「体重増加」「易疲労性」「手足の浮腫」「中性脂肪や血中コレステロール増加」などが挙げられます。

甲状腺機能低下症は自己免疫疾患の1つ

甲状腺機能低下症は、甲状腺の組織を標的にする抗体が血中に産生され発症する自己免疫疾患の1つで、自己免疫性甲状腺疾患とも呼ばれます。甲状腺機能低下症の検査で調べる自己抗体は、抗甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)抗体と抗サイログロブリン(Tg)抗体で、この2つの抗体の存在を確認することにより診断を行います。

TPO抗体は甲状腺ホルモン合成酵素に関連する自己抗体で、Tg抗体は甲状腺に特徴的な蛋白であるサイログロブリンです。 TPO抗体、Tg抗体は健康な方、なかでも女性において陽性となることがあります。橋本病の検査では、97%以上の方にTPO抗体またはTg抗体の存在が認められ、その抗体の量は甲状腺における細胞浸潤の状態に関係します。

潜在性甲状腺機能低下症は、TPO抗体が陽性の場合、年に4.3%ほどの割合で顕性甲状腺機能低下症へと進行する可能性があります。また、高齢の日本人ではTSHが高値(>8μIU/mL)の場合、顕性甲状腺機能低下症になる傾向が強いと言われています。

積極的な治療を勧めるケースとは

積極的な治療を勧めるケースとは基本的に、脂質異常がある、または機能低下症状が見られ、かつTSH≧10μIU/mLの場合には、合成甲状腺ホルモン(チラージンS)を用いたホルモン補充治療をお勧めします。

TSH<10μIU/mLの方では、臨床所見に加え、脂質異常、自己抗体の有無、甲状腺腫の大きさなどトータルに判断を行います。一方、症状がない方へのスクリーニング検査や治療が有効かどうかは、現時点では根拠不十分です。

後期高齢者や冠動脈疾患をお持ちの方では、治療過多の影響も配慮します。加えて、65歳以上の潜在性甲状腺機能低下症の方を対象としたホルモン補充治療は生活の質の改善に関与していないという報告や、85歳以上の潜在性甲状腺機能低下症の方では致死率の低下が見られるという報告もあるため、基礎疾患や年齢を考慮してトータルで治療の実施について判断を行います。

ここで、ホルモン補充治療が鍵となるのは、妊娠中の女性や今後妊娠を望む女性における潜在性甲状腺機能低下症です。不妊治療や妊娠によって起きる甲状腺システムの様々な変化を考慮して、通常よりも厳格に数値の調整に努めます。

顕微受精や体外受精など生殖補助医療(ART)を行う方には、TSH<2.5μIU/mLとするよう勧められています。TSHが基準値上限を超え、かつ自己抗体陽性の潜在性甲状腺機能低下症では、早産や流産の危険性が高いことが知られ、治療を行うことがリスク軽減に繋がるため、しっかりとホルモン補充治療を行います。

その一方、TSH<2.5μIU/mLかつ自己抗体陽性である方や、2.5μIU/mL≦TSH(≦基準値上限)かつ自己抗体陰性の方は、流産などのリスクは多少考えられますが、現時点では積極的に治療を選択する有効性が示されていません。また、欧米における各種学会ガイドラインを加味して、子どもを望む女性に対して有用性があると思われるケースでは、治療の選択を考慮する必要があります。妊娠初期の3ヶ月までの期間ではTSH≦2.5μIU/mLとなるよう、妊娠中・後期ではTSH≦3.0μIU/mLを目指して、毎月TSHとFT4の検査を行い、ホルモン補充量を管理します。

甲状腺機能検査から推定される甲状腺疾患

甲状腺疾患 TSH FT4 FT3 必要な検査など
原発性甲状腺機能低下症
(橋本病など)
↓→ ↓→ TPOAb(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)、
TgAb(抗サイログロブリン抗体)
潜在性甲状腺機能低下症 TPOAb、
TgAb
中枢性甲状腺機能低下症 ↓→ ↓→ TRH負荷試験、
MRI
低T3症候群 ↑→↓ 基礎疾患あり
不適切TSH分泌症候群
(SITSH)
↑→ T3受容体遺伝子、
TRH負荷試験、
下垂体MRI
バセドウ病 TSAb(甲状腺刺激抗体)、
TRAb(抗TSHレセプター抗体)、
放射性ヨウ素摂取率高値
潜在性甲状腺機能亢進症 TSAb、TRAb
亜急性甲状腺炎、
無痛性甲状腺炎
TSAb(陰性)、
TRAb(陰性)、
CRP(C反応性蛋白)、
摂取率低値
中毒性結節
(プランマー病)
超音波検査(結節性甲状腺腫)、
シンチグラフィー
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