バセドウ病と橋本病の移行について:自己免疫性甲状腺疾患の連続性を理解する

バセドウ病と橋本病 ─ 自己免疫性甲状腺疾患の二極

バセドウ病(Basedow病)と橋本病(慢性甲状腺炎)は、いずれも自己免疫性甲状腺疾患として知られています。バセドウ病は甲状腺機能亢進症(甲状腺ホルモンが過剰に分泌される状態)を引き起こし、橋本病は甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモンの分泌が低下する状態)に進行することが多い疾患です。

これらは病態として正反対のように見えますが、実は同じ自己免疫機序が関係しており、患者によってはバセドウ病から橋本病、または橋本病からバセドウ病へと移行することがあります。このようなケースは少数ながら臨床現場では認められており、近年その病態の連続性について注目が集まっています。

どのようにして移行するのか? ─ 病態と抗体の変化

自己抗体の関与

バセドウ病では、TSH受容体抗体(TRAb)が甲状腺刺激型に働き、ホルモンの過剰産生を引き起こします。一方、橋本病では、抗サイログロブリン抗体(TgAb)や抗TPO抗体が中心で、甲状腺の破壊と萎縮が起こります。

バセドウ病から橋本病への移行は、TRAbの活性が低下し、破壊的な自己免疫応答が強くなることで、甲状腺が萎縮して機能低下を起こすと考えられています。逆に、橋本病患者において、一部でTRAbが陽性化し、機能亢進症状が出現することも報告されています。

臨床的な転機

  • バセドウ病治療中(メルカゾールやアイソトープ治療後)にTSHが上昇し、FT4が低下して橋本病様の機能低下症へ移行する

  • 橋本病の経過中に一時的にTRAb陽性化し、甲状腺中毒症状を呈する

エビデンス

  • Tamai H. et al. (1990)による研究では、バセドウ病患者の約15%に治療後、機能低下が見られ、抗TPO抗体が陽性であるケースが多いと報告されています。

  • Smith TJ, Hegedus L. N Engl J Med. 2016;375:1552-1565. によれば、甲状腺自己免疫疾患は同一スペクトラム上に存在し、環境要因や治療の影響で病態が変化しうると記載されています。

学会ガイドラインと最新知見

日本甲状腺学会(JTA)や米国甲状腺学会(ATA)のガイドラインでも、この移行について以下のように示唆されています。

  • ATA 2016 Guidelinesでは、"Graves' disease can rarely convert into Hashimoto's thyroiditis, especially after definitive therapy."と明記。

  • 日本甲状腺学会も、"治療後に甲状腺機能低下をきたす例では、自己免疫の病態変化が背景にあると考えられる"との見解を出しています。

新規性と独自性

  • 従来は別々の疾患とされていた両者が、"自己免疫スペクトラム疾患"として一体的に捉えられるようになってきた点が新しい視点です。

  • 近年では、遺伝的素因(HLA遺伝子のタイプ)や腸内環境の変化も病態変化に影響するとされ、研究が進んでいます。

早期診断・治療の重要性と注意点

早期発見の意義

甲状腺疾患は徐々に進行するため、定期的なホルモンと抗体のチェックが重要です。とくに、バセドウ病の治療後や橋本病の経過観察中に自覚症状の変化(例:動悸や疲労感、むくみなど)があれば、再評価が必要です。

安全性の確保

  • 橋本病に移行してもホルモン補充療法で安定化が可能

  • バセドウ病再発の場合も早期対応で重症化を防ぐことができます

数字でみる移行率

  • 国内外の報告では、バセドウ病から橋本病への移行率は3~15%、橋本病からバセドウ病への移行は1~3%程度と推定されています。

  • ただし、個々の症例によるため、甲状腺専門医による定期的フォローが不可欠です。

当院でのサポート

 

当院では、甲状腺疾患のスペクトラムに基づき、バセドウ病と橋本病の両面から診療を行っています。

主な取り組み:

  • 超音波検査・ホルモン・抗体検査を組み合わせた定期評価

  • 病態の変化に応じた柔軟な治療プラン(薬の変更や中止のタイミングなど)

  • 甲状腺専門医による丁寧な説明と生活指導

  • 精神面への配慮や必要に応じた心療内科との連携

橋本病やバセドウ病を診断された方が、治療後に「また体調が悪くなった」「別の病気になったのでは?」と不安を感じるのは自然なことです。当院では、病態変化に伴う不安や症状を見逃さず、患者さんと一緒に歩む診療を大切にしています。


監修者プロフィール

院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

資格・専門性

  • 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医

  • 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。

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