内分泌学会でのサルコペニアと甲状腺ホルモンの最新報告について

はじめに 〜サルコペニアとは何か、そして甲状腺ホルモンとの関係〜

高齢者の健康寿命を左右する問題として近年注目を集めているのが「サルコペニア(筋肉量・筋力の加齢性低下)」です。サルコペニアは転倒・骨折・要介護・死亡率の上昇とも密接に関係し、日本では高齢者の約15〜30%が該当するとも報告されています(Chen LK et al., J Am Med Dir Assoc. 2020)。

このサルコペニアに、内分泌ホルモン、とくに甲状腺ホルモン(T3/T4)の低下が大きく関わっていることが、最近の内分泌学会や研究報告で明らかになってきました。

甲状腺ホルモンは、全身の代謝を調整するホルモンであり、筋肉の合成・修復・再生に重要な役割を果たします。とくにT3(トリヨードサイロニン)は骨格筋の遺伝子発現に直接影響を与えるため、高齢者のサルコペニア予防や治療において重要な要素として注目されています。

甲状腺ホルモンと筋肉量・筋力の関係

甲状腺ホルモンの作用機序

  • T3は骨格筋のミトコンドリア機能を促進し、筋細胞内のATP産生を活性化します。

  • T4(サイロキシン)は肝臓や筋肉でT3に変換され、筋タンパク合成を促進します。

サルコペニアと甲状腺機能低下症の関連性

  • **高齢者の潜在性甲状腺機能低下症(subclinical hypothyroidism)**と筋力低下の関連が指摘されており、

    • FT3値が低い高齢者では、握力・歩行速度の低下が有意に多く報告されています(Goglia F et al., Front Physiol. 2020)

    • FT3値が1.8 pg/mL未満であると、サルコペニアの有病率が2倍以上になるという研究報告もあります(Jung HW et al., Aging Dis. 2019)

数字データの提示

  • T3レベルが低下している高齢者では、サルコペニアのリスクが1.9倍(Jung HW, 2019)

  • FT3と筋力(握力)には正の相関(r = 0.42, p < 0.001)

最新の内分泌学会報告と国際的なガイドライン

2023年〜2024年にかけて開催された日本内分泌学会・欧州内分泌学会では、甲状腺ホルモンとサルコペニアの関連に関する以下の報告がなされています:

日本内分泌学会(JES)

  • 「高齢者におけるFT3値低下と身体機能低下の関係」についてシンポジウム報告

  • 特に高齢女性での骨格筋量とFT3の関係性が強いことが示唆されました

欧州内分泌学会(ESE)

  • Subclinical Hypothyroidism and Muscle Agingに関する国際共同研究報告(ESE Congress 2023)

  • ガイドラインでは、65歳以上の高齢者においてFT3の低下があれば、身体機能低下のスクリーニングを推奨

米国内分泌学会(ENDO)

  • “Thyroid and Sarcopenia”セッションにて、サルコペニアがある高齢者の約40%でFT3が正常下限またはそれ以下

  • 「ホルモン補充療法は慎重に行うべきだが、機能評価において甲状腺ホルモン測定は有用」との提言

新規性・独自性・安全性・早期対応の意義

新規性

  • これまでサルコペニアは主に運動・栄養不良とされていましたが、ホルモン因子の関与が注目されるのは近年の動向

  • 特にFT3値を“筋肉機能のバイオマーカー”とみなす動きが国際的に増加中

独自性

  • 当院では筋力・歩行速度などの身体機能評価と甲状腺ホルモン検査をセットで実施

  • 他院では見逃されがちな「正常範囲だが下限寄りのFT3」にも着目し、早期介入

安全性

  • ホルモン補充療法(チラーヂンSなど)は慎重なモニタリングのもと安全に実施可能

  • 高齢者では心血管への影響を考慮しながら、最小有効量で調整

早期診断と治療の意義

  • サルコペニアは早期に対処すれば改善可能な疾患

  • T3レベルの把握により、筋力低下や転倒予防に寄与

  • 適切な栄養・運動療法に内分泌管理を加えることで、介護予防効果が向上

当院でのサポート

 

当院では、サルコペニアおよび甲状腺ホルモン異常に関して、以下のような診療体制を整えています。

当院の取り組み

  • 筋力・体組成・甲状腺機能を総合的に評価する「サルコペニア+甲状腺外来」

  • 必要に応じてFT3/FT4/TSHだけでなく、アルブミン・前アルブミン・CRP・HbA1cなども同時評価

  • 内分泌専門医が、ホルモンバランスと加齢性疾患の両面から診療

  • 管理栄養士・理学療法士と連携し、運動・栄養・ホルモンの三本柱で治療を提供

受診をご検討の方へ

「最近筋力が落ちてきた」「歩くのが遅くなった」「疲れやすい」などの症状がある方、ぜひ当院の専門外来へご相談ください。甲状腺ホルモンの影響を見逃さず、健康寿命を延ばすサポートを行っています。


引用文献

  1. Chen LK, et al. Asian Working Group for Sarcopenia: 2019 consensus update on sarcopenia diagnosis and treatment. J Am Med Dir Assoc. 2020;21(3):300–307.e2.

  2. Goglia F, Silvestri E. Thyroid hormones and mitochondria. Front Physiol. 2020;11:499.

  3. Jung HW, et al. Low free T3 as a risk factor for sarcopenia in older adults. Aging Dis. 2019;10(4):919–927.

  4. ESE Guidelines 2023. European Society of Endocrinology Annual Meeting.

  5. ENDO 2023 – The Endocrine Society Annual Meeting, "Thyroid Hormones and Muscle Aging."


監修者プロフィール

院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

資格・専門性

  • 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医

  • 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。

 

TOPへ