放射性ヨウ素療法(RAI)の適応と戦略:
甲状腺がんとバセドウ病の違い
はじめに
放射性ヨウ素(Radioactive Iodine, I-131)は、甲状腺疾患の治療において長年にわたり活用されてきた核医学的治療法です。甲状腺は体内で唯一、ヨウ素を選択的に取り込む臓器であるため、この性質を利用して、がん細胞や過剰に機能している甲状腺組織を選択的に破壊することが可能です。
放射性ヨウ素療法(RAI療法)は、大きく2つの疾患領域で使用されます:
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分化型甲状腺がん(乳頭がん、濾胞がん)
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バセドウ病(甲状腺機能亢進症の代表疾患)
同じI-131を使用していても、目的、線量、治療タイミング、副作用、適応判断基準が大きく異なります。本稿では、それぞれのRAI治療についての最新の知見とガイドラインに基づき、違いや適応の考え方を詳しく解説します。
1. 甲状腺がんに対するRAI治療とは?
1-1. 主な適応と目的
RAI治療は、主に以下の3つの目的で行われます:
目的 | 内容 |
---|---|
残存甲状腺組織のアブレーション | 全摘後にわずかに残った甲状腺組織を消失させ、再発のリスクを減らすとともに、サイログロブリンモニタリングを容易にする。 |
潜在的な微小転移の治療 | 病理的には証明されていなくても、局所や遠隔転移が疑われる場合に補助療法として使用。 |
明確な遠隔転移の治療 | 肺や骨などへのRAI集積が確認される転移に対して、治療的に高線量を投与。 |
1-2. 使用される放射性ヨウ素の量
RAI治療に用いられるI-131の線量は、30~200mCi(1.1~7.4GBq)程度とされ、治療目的に応じて段階的に調整されます。日本では入院管理が一般的です。
目的 | 典型的な線量(mCi) |
---|---|
アブレーション(低リスク) | 30~50 |
微小転移の治療(中リスク) | 75~100 |
遠隔転移の治療(高リスク) | 150~200以上 |
2. バセドウ病に対する放射性ヨード療法とは?
2-1. 主な目的と特徴
バセドウ病に対するRAI療法は、甲状腺が過剰に甲状腺ホルモンを産生している状態を制御するために行われます。抗甲状腺薬で十分なコントロールができない、または副作用が強い場合に適応されます。
目的 | 内容 |
---|---|
根治治療 | 機能亢進の原因である甲状腺組織を破壊し、機能を停止させる |
再発防止 | 薬剤治療で一度寛解しても再発を繰り返す患者への対応 |
2-2. 使用線量と投与法
バセドウ病におけるRAI療法では、低用量のI-131(2〜10mCi程度)を外来で経口投与します。通常は1回の投与で完了しますが、まれに追加投与が必要になることもあります。
投与量の目安 | 選定基準 |
---|---|
2~5 mCi | 小さな甲状腺腫大、軽症例 |
6~10 mCi | 中等度以上の腫大、重症例 |
3. 甲状腺がん vs バセドウ病:RAI療法の違いまとめ
項目 | 甲状腺がんに対するRAI | バセドウ病に対するRAI |
---|---|---|
治療の目的 | がん組織・残存甲状腺組織の破壊 | 過剰なホルモン産生の抑制 |
主な適応 | 分化型甲状腺がん(術後) | バセドウ病(薬剤不応または再発) |
使用線量 | 高用量(30〜200mCi) | 低用量(2〜10mCi) |
投与法 | 通常入院、経口投与 | 通常外来、経口投与 |
治療回数 | 再発時に再投与の可能性あり | 原則1回(必要に応じ再投与) |
効果判定 | サイログロブリン・シンチ・CT等 | 甲状腺機能・TRAbなど |
主な副作用 | 唾液腺炎、味覚異常、白血球減少 | 一過性甲状腺中毒症、低下症移行 |
妊娠・授乳中 | 禁忌 | 禁忌 |
4. 最新ガイドラインによるRAIの適応基準(甲状腺がん)
4-1. ATA 2015/2023 ガイドライン
リスク分類 | ATAによるRAI推奨度 |
---|---|
低リスク | ❌ 原則非推奨(局所浸潤なし、1cm未満、転移なし) |
中等度リスク | 🔄 選択的使用(症例により考慮) |
高リスク | ✅ 強く推奨(遠隔転移、明らかな局所浸潤、大量リンパ節転移) |
4-2. 日本甲状腺学会(JTA)
リスク分類 | 日本甲状腺学会のスタンス |
---|---|
低リスク | ❌ 非推奨(基本的に手術+経過観察) |
中等度リスク | 🔄 診療施設・症例ごとの判断 |
高リスク | ✅ 推奨(RAI集積の確認が前提) |
5. 今後の展望と課題

RAI治療は、分子標的治療薬や新しい核医学的評価技術の登場により、今後さらに個別化・高精度化が進むと予想されます。たとえば、RAI非集積性の進行がんに対する再分化誘導療法(redifferentiation therapy)は、近年の臨床試験でも有望な結果を示しています。
また、小児や妊孕性のある若年患者におけるRAIの適応・影響評価も今後の大きな課題です。長期的な副作用のリスクと治療効果のバランスをとる必要があります。
🔷 甲状腺がん・RAI関連
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6. 結語:RAI治療を使い分ける時代へ
甲状腺疾患に対するRAI療法は、「誰にでも同じ線量で」という時代から、「患者ごとに最適なタイミング・量・目的を見極める個別化医療の時代」へと大きく変わりつつあります。
甲状腺がんでは、リスク層別化に基づいたRAIの慎重な適応が求められ、バセドウ病では患者の希望や生活背景も含めたトータルな判断が必要です。RAI療法の本質を理解し、正しく選択することで、患者にとって最も安全で効果的な治療が実現できるといえるでしょう。