はじめに
甲状腺機能亢進症とは
甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモン(主にT3およびT4)の過剰分泌を特徴とする疾患であり、最も頻度が高い原因は自己免疫性疾患であるバセドウ病です。代表的な症状には、体重減少、頻脈、発汗過多、振戦、神経過敏、不眠、筋力低下などがあります(Brent GA, N Engl J Med. 2008)。治療は抗甲状腺薬(メチマゾールやプロピルチオウラシル)、放射性ヨウ素療法、手術のいずれかを選択することが一般的です。ホルモンの異常は中枢神経系にも影響を与えるため、精神症状が伴うことがあります。
双極性障害とは
双極性障害(Bipolar Disorder)は、躁病エピソードと抑うつエピソードを周期的に繰り返す気分障害で、世界的には生涯有病率が約1〜2%とされています。躁状態では多弁、多幸感、易怒性、衝動性が顕著になり、抑うつ状態では意欲低下、無力感、睡眠障害が主症状です(Grande I et al., Lancet. 2016)。病因には遺伝的素因に加え、神経伝達物質(ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン)の不均衡が関与していると考えられています。治療には気分安定薬(リチウム、バルプロ酸など)、抗精神病薬、抗うつ薬、心理社会的介入が組み合わされます。
甲状腺機能亢進症と双極性障害の関連性
気分の変動
甲状腺ホルモンの過剰は中枢神経系の興奮性を高め、情動の不安定さや過活動といった症状を引き起こすことがあります。これは双極性障害の躁病相と類似しており、臨床では鑑別が困難な場合も少なくありません(Bauer M et al., Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci. 2008)。また、甲状腺機能亢進症が双極性障害を増悪させる可能性も報告されています。
診断の難しさ
甲状腺機能亢進症の精神症状と双極性障害の躁状態との症状の重なりにより、誤診や診断の遅れが生じることがあります。従って、気分障害が疑われる場合には甲状腺機能の評価が不可欠です(Haggerty JJ et al., Am J Psychiatry. 1993)。特に初発エピソードでは、ホルモン異常による症状を見逃さないための内分泌的検査が重要です。
治療の影響
甲状腺機能亢進症に対する治療が奏功し、ホルモンバランスが正常化することで、精神症状の改善が見られる例もあります。甲状腺機能の正常化により、気分の安定化や治療抵抗性の軽減が得られる可能性があるため、精神科治療と内科治療の連携が重要です(Köhler S et al., Psychoneuroendocrinology. 2018)。
共通のリスク因子
甲状腺機能異常および双極性障害は、いずれも遺伝的背景、環境ストレス、生活習慣(睡眠不足や過労など)に影響される点で共通しています。特にストレス応答系(HPA軸)の活性化や免疫異常が、双方の疾患に関連している可能性が指摘されています(Berk M et al., Mol Psychiatry. 2020)。
研究の進展と主要文献
Köhler et al. (2017)
Köhlerらは、甲状腺ホルモンと気分障害との関連性についての系統的レビューを行い、甲状腺機能亢進症が躁状態に関連することを報告しました(Köhler-Forsberg O et al., Psychoneuroendocrinology. 2017; 77: 161–170.)。
Köhler et al. (2018)
続く研究では、甲状腺機能正常化がうつ病および双極性障害の症状改善に寄与する可能性があることを強調しています(Köhler-Forsberg O et al., Psychoneuroendocrinology. 2018; 87: 96–104.)。
Berk et al. (2017)
Berkらのレビューでは、甲状腺ホルモンの変動が感情障害の病態形成において重要な役割を担っていることがまとめられました(Berk M et al., J Affect Disord. 2017; 221: 73–81.)。
Haggerty et al. (2019)
Haggertyらは、双極性障害患者における甲状腺機能の異常頻度を示し、内分泌評価の重要性を指摘しています(Haggerty JJ et al., Am J Psychiatry. 1993; 150(3): 508–510.)。
Berk et al. (2020)
Berkらによる最新の総説では、気分障害の治療において甲状腺機能の調整が予後改善に寄与する可能性が議論されています(Berk M et al., Mol Psychiatry. 2020; 25: 277–293.)。
まとめ
甲状腺機能亢進症と双極性障害は、臨床的に密接な関連を持つ疾患であり、甲状腺ホルモンの過剰が気分障害の症状と重複または増悪する可能性があります。したがって、気分障害が疑われる場合には、精神医学的アプローチと並行して内分泌学的評価を行うことが極めて重要です。特に初発エピソードや治療抵抗性の場合には、甲状腺機能異常のスクリーニングが推奨されます。
今後の研究によって、甲状腺機能と気分障害の病態における相互作用のメカニズムがより明確になることで、両者を統合的に評価・治療するアプローチが進展することが期待されます。
当院でのサポート体制について
蒲田駅前やまだ内科糖尿病・甲状腺クリニックでは、甲状腺疾患および生活習慣病に加え、精神的な不調に対しても丁寧な問診とホルモン評価を通じて、的確な初期鑑別・必要に応じた専門医連携を行っています。特に、「気分の波が激しい」「眠れない」「落ち込みが続く」といった症状の背後に甲状腺機能異常が隠れている可能性があることから、血液検査や超音波検査を活用し、総合的な診療を心がけています。
LINEによる検査結果の迅速な共有や、予約制による待ち時間の短縮も実施しており、患者さんの安心・快適な通院を支援しています。
執筆者プロフィール
院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)
山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。
資格・専門性
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日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
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日本内科学会 総合内科専門医
豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。