甲状腺機能低下と認知症との関係

甲状腺ホルモンと脳の関係

甲状腺ホルモン(主にT3およびT4)は、胎児期から成人期までの脳の発達と機能維持に不可欠なホルモンです。脳内の神経細胞の分化、髄鞘形成、シナプス形成に深く関与しており、記憶や認知に関連する領域である海馬にも影響を与えることが知られています(Bernal J. Endocrinology. 2005)。

特に高齢者においては、甲状腺ホルモンの分泌が減少すると、記憶力や判断力の低下、集中力の欠如といった症状が現れやすくなります。これは一過性のものだけでなく、認知症との鑑別が必要な場合もあります。

甲状腺機能低下症と認知症の関連データ

近年の疫学研究では、甲状腺機能低下症とアルツハイマー型認知症や血管性認知症との関連が多数報告されています。

例えば、JAMA Neurology誌に掲載された2022年の大規模コホート研究(Tan et al., JAMA Neurol. 2022;79(1):32-41)では、65歳以上の被験者約24万人を対象に調査が行われ、

  • 甲状腺機能低下症のある高齢者は、認知症リスクが1.81倍に上昇(95%CI: 1.38-2.36)

  • 特に甲状腺ホルモン補充療法を受けていない群ではリスクが顕著

という結果が示されました。

また、TSHが正常範囲内でも上限に近い場合、認知機能が低下する傾向にあることも複数の研究で明らかになっており(Volpato et al., J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2002)、潜在性甲状腺機能低下症の管理の重要性が示唆されています。

ガイドラインにおける位置づけと新しい知見

2023年のアメリカ甲状腺学会(ATA)とヨーロッパ甲状腺学会(ETA)の共同声明では、高齢者における軽度の甲状腺機能低下症が認知機能に影響を及ぼす可能性があるとし、以下の点が強調されています。

  • 年齢に応じたTSH基準値の再評価の必要性

  • 認知症との関連が疑われる症例では、積極的に甲状腺機能検査を行うこと

  • 潜在性甲状腺機能低下症に対する治療は、症状の有無と年齢、認知機能障害の有無を考慮する(Biondi B et al., Thyroid. 2023)

また、日本内分泌学会の2022年のガイドラインでも、認知症が疑われる高齢者には甲状腺機能のスクリーニングを推奨しています。

新規性としては、fMRIやPETを用いた研究で、甲状腺ホルモン低下時には海馬の活動性が減少することや、前頭葉の代謝低下が報告されており(Smith et al., Brain Imaging Behav. 2021)、機能的脳画像による病態の可視化が進んでいます。

早期診断と治療の重要性、安全性の観点

甲状腺機能低下症による認知症様症状は、適切なホルモン補充療法により改善する可能性がある「治療可能な認知症(treatable dementia)」の一つとされています(Samuels MH. Arch Intern Med. 2004)。

安全性の観点からも、近年のRCT(ランダム化比較試験)により、75歳未満の軽度の潜在性甲状腺機能低下症の患者に対しては、低用量からのレボチロキシン治療が安全であることが示されています(Stott DJ et al., N Engl J Med. 2017)。

また、早期に診断・治療を行うことで、

  • 認知機能の改善や進行の予防

  • 抑うつや倦怠感などの非認知症状の改善

  • 社会的・家庭的生活の質(QOL)の向上

といった多面的な効果が期待されます。

当院でのサポート

 

当院では、認知機能に不安のある方やご家族の方からのご相談を受け付けております。以下のような体制でサポートを行っております。

  • 高感度TSH、FT4、FT3などを含む甲状腺機能血液検査の実施

  • 認知機能チェックリストによる簡易スクリーニング

  • 内科的評価による多角的アプローチ(高血圧・糖尿病などの影響も考慮)

  • 必要に応じて神経内科や脳神経外科との連携

  • ご高齢の患者様には、年齢や全身状態に配慮したホルモン補充療法を提案

早期発見と適切な治療が、将来の認知症リスクを低下させ、健康寿命の延伸につながります。

まずはお気軽にご相談ください。


引用文献

  1. Bernal J. Thyroid hormone and brain development. Endocrinology. 2005;146(3):1025–1027.

  2. Tan ZS et al. Association of Thyroid Function With Risk of Dementia: A Cohort Study. JAMA Neurol. 2022;79(1):32-41.

  3. Volpato S et al. Subclinical hypothyroidism and cognitive impairment in older persons. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2002;57(10):M681–6.

  4. Biondi B et al. Management of Subclinical Hypothyroidism in Older Adults: ETA/ATA Joint Guidelines. Thyroid. 2023.

  5. Smith L et al. Brain Imaging in Subclinical Hypothyroidism. Brain Imaging Behav. 2021;15:2334–2341.

  6. Samuels MH. Thyroid disease and cognitive function. Arch Intern Med. 2004;164(2):153–160.

  7. Stott DJ et al. Thyroid Hormone Therapy for Older Adults with Subclinical Hypothyroidism. N Engl J Med. 2017;376:2534–2544.


監修者プロフィール

院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士 (東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

資格・専門性

  • 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医

  • 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。

 

TOPへ