甲状腺機能低下症と死亡リスクについて

甲状腺機能低下症とは?

1-1. 甲状腺の役割

甲状腺は首の前面に位置する小さな臓器で、全身の代謝をコントロールする甲状腺ホルモン(T3、T4)を分泌します。これにより、エネルギーの産生、体温の調節、心拍数の維持などが行われます。

1-2. 甲状腺機能低下症の概要

甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモンの分泌が低下し、体の新陳代謝が遅くなる病気です。橋本病(慢性甲状腺炎)が最も一般的な原因であり、自己免疫による炎症で甲状腺が破壊されることが特徴です。

橋本病とは?
橋本病は、甲状腺機能低下症の主な原因となる病気で、自己免疫反応が甲状腺を攻撃し、ホルモンの生成が減少する病態です。この結果、代謝が遅くなり、以下のような症状が現れます:
- 慢性的な疲労感
- 体重増加
- 冷え性
- 便秘
- 鬱状態や集中力の低下

橋本病は、特に中年以降の女性に多く見られますが、性別や年齢に関わらず発症する可能性があります。

甲状腺機能低下症(橋本病)

甲状腺機能亢進症(バセドウ病)

甲状腺機能低下症による死亡リスク

2-1. 甲状腺機能低下症が重症化した場合の影響

軽度の甲状腺機能低下症で死亡することは稀ですが、放置すると以下のような深刻な影響を及ぼします。

2-1-1. 代謝の低下による影響

低体温症:極端に低い体温が続くと、生命維持に影響を与えます。

心機能の低下:心拍数が低下し、心不全を引き起こす可能性があります。

意識障害:重篤な場合、意識が混濁し昏睡状態(粘液水腫性昏睡)になることがあります。

2-1-2. 粘液水腫性昏睡(Myxedema Coma)

粘液水腫性昏睡とは、甲状腺機能低下症が極度に悪化し、意識障害や低体温、低血圧、呼吸困難を引き起こす危険な状態です。適切な治療を受けないと致命的な結末を迎えることがあります。

2-1-3. 心血管疾患との関連

甲状腺ホルモンは心臓の機能を調節しているため、不足すると動脈硬化、高血圧、心不全のリスクが高まります。これにより、心筋梗塞や脳卒中を引き起こす可能性があり、死亡率の上昇につながります。

2-2. 甲状腺機能低下症の重症化リスクを高める要因

高齢者(60歳以上)

糖尿病などの慢性疾患を持っている

過去に甲状腺疾患の治療歴がある

甲状腺機能低下症の家族歴がある

甲状腺ホルモン補充療法を中断した

3. 甲状腺機能低下症の症状

3-1. 初期症状

疲労感:慢性的な倦怠感が続く

寒がり:常に寒さを感じる

便秘:腸の動きが遅くなる

体重増加:代謝が低下し太りやすくなる

皮膚の乾燥:肌がガサガサする

脱毛:髪の毛が薄くなる

3-2. 重症化すると現れる症状

極端な低血圧

意識障害(昏睡)

呼吸困難

むくみ(特に顔や手足)

 

厚生労働省 - 甲状腺の病気に関する情報

日本甲状腺学会 - 甲状腺疾患について

日本内分泌学会 - 甲状腺疾患について

 甲状腺機能低下症の診断と検査

4-1. 血液検査

甲状腺機能低下症の診断には血液検査が必要です。

TSH(甲状腺刺激ホルモン):通常より高値

FT4(遊離サイロキシン):通常より低値

4-2. その他の検査

甲状腺超音波検査

甲状腺自己抗体検査(抗TPO抗体など)

5. 甲状腺機能低下症の治療

5-1. 甲状腺ホルモン補充療法

レボチロキシン(チラーヂン)を用いた治療が基本となります。適切な量を調整しながら、甲状腺ホルモンのバランスを維持します。

5-2. 食事療法

ヨウ素を適度に摂取する(海藻類に注意)

バランスの取れた食事

5-3. 生活習慣の改善

定期的な運動

規則正しい睡眠

ストレス管理

6. 甲状腺機能低下症の予防と定期検診

6-1. 早期発見の重要性

甲状腺機能低下症は徐々に進行するため、定期的な健康診断が重要です。

6-2. 予防策

健康的な食生活を心がける

甲状腺機能を定期的にチェックする

甲状腺ホルモン治療を中断しない

 

甲状腺機能低下症と死亡リスクに関する英語の論文

  • Subclinical Hypothyroidism and the Risk of Coronary Heart Disease and Mortality
    Journal: JAMA
    Year: 2010
    PMID: 20858880
    Summary: この研究では、潜在性甲状腺機能低下症が冠状動脈性心疾患(CHD)および全死亡率に与える影響を調査しています。結果として、TSH値が10 mIU/L以上の患者で、CHDイベントおよびCHD死亡のリスクが増加することが示されました。

  • Association of Thyroid Function With Life Expectancy With and Without Cardiovascular Disease: The Rotterdam Study
    Journal: JAMA Internal Medicine
    Year: 2017
    PMID: 28975207
    Summary: この研究は、甲状腺機能と全体の寿命および心血管疾患(CVD)なしの寿命との関連性を調査しています。50歳時点で、低正常甲状腺機能を持つ参加者は、高正常甲状腺機能を持つ参加者よりも全体で最大3.5年、CVDなしで最大3.1年長く生存することが示されました。

  • Subclinical Thyroid Dysfunction and the Risk for Coronary Heart Disease and Mortality
    Journal: Annals of Internal Medicine
    Year: 2008
    PMID: 18519927
    Summary: このメタアナリシスでは、潜在性甲状腺機能低下症および甲状腺機能亢進症が冠状動脈性心疾患(CHD)および死亡率のリスクをわずかに増加させる可能性があることが示唆されています。

  • Association of Subclinical Hypothyroidism and Cardiovascular Disease With Mortality
    Journal: JAMA Network Open
    Year: 2020
    PMID: 32049273
    Summary: この研究では、潜在性甲状腺機能低下症および高正常TSH濃度が全死亡率の増加と関連していることが示されました。心血管疾患は、これらの関連性の一部を媒介している可能性があります。

  • Subclinical Hypothyroidism Is an Independent Risk Factor for Atherosclerosis and Myocardial Infarction in Elderly Women: The Rotterdam Study
    Journal: Annals of Internal Medicine
    Year: 2000
    PMID: 10691583
    Summary: この研究では、高齢女性において、潜在性甲状腺機能低下症が動脈硬化および心筋梗塞の独立したリスクファクターであることが示されています。

  • Association Between Increased Mortality and Mild Thyroid Dysfunction in Cardiac Patients
    Journal: Archives of Internal Medicine
    Year: 2006
    PMID: 16682568
    Summary: この研究では、心疾患患者において、軽度の甲状腺機能異常が死亡リスクの増加と関連していることが示されています。

  • Thyroid Function and the Risk of Atherosclerotic Cardiovascular Morbidity and Mortality: The Rotterdam Study
    Journal: Circulation Research
    Year: 2017
    PMID: 28935620
    Summary: この研究では、中高年者において、遊離サイロキシン(FT4)レベルが高いほど、動脈硬化性心血管疾患のリスクが増加することが示されています。

  • Subclinical Hypothyroidism and the Risk of Coronary Heart Disease: A Meta-Analysis
    Journal: American Journal of Medicine
    Year: 2007
    PMID: 17349414
    Summary: このメタアナリシスでは、潜在性甲状腺機能低下症が冠状動脈性心疾患のリスクを増加させる可能性があることが示唆されています。

  • Subclinical Hypothyroidism and the Risk of Stroke Events and Fatal Stroke: An Individual Participant Data Analysis
    Journal: Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism
    Year: 2013
    PMID: 23539763
    Summary: この研究では、潜在性甲状腺機能低下症が脳卒中イベントおよび致死的脳卒中のリスクを増加させる可能性があることが示されています。

  • Subclinical Hypothyroidism and the Risk of Heart Failure Events: An Individual Participant Data Analysis From 6 Prospective Cohorts
    Journal: Circulation
    Year: 2012
    PMID: 22416116

    2012年にCirculation誌に掲載された研究(PMID: 22416116)では、6つの前向きコホート研究のデータを用いて潜在性甲状腺機能低下症と心不全リスクの関連性を調査しました。この研究によると、TSH値が正常上限を超える患者では、心不全イベントのリスクが有意に上昇することが示されました。特に、TSH値が10mIU/L以上のグループで心不全リスクが顕著に高かったことが報告されています。

    この結果は、甲状腺機能低下症が心臓の収縮機能や血管の柔軟性に影響を与え、長期的に心不全リスクを増加させる可能性を示唆しており、特に高齢者や心血管疾患のリスク因子を持つ患者において、甲状腺ホルモンの管理が重要であることを強調しています。

 

当院でのサポート

当院では、甲状腺疾患、橋本病やバセドウ病に関連する心身の不調に対して、包括的な診療と治療を提供しています。甲状腺疾患によるホルモンバランスの乱れが不調を引き起こすことは珍しくなく、適切な診断と治療が必要です。当院では、患者様の症状に応じた個別の治療プランを提案し、心と体の両面からサポートします。

1. 専門的な診断
まず、甲状腺機能の状態を確認するために、血液検査を通じて甲状腺ホルモンや甲状腺刺激ホルモン(TSH)のレベルを測定します。これにより、橋本病やバセドウ病の有無を正確に診断します。また、精神的な不調についても問診を行い、心身の状態を総合的に評価します。

2. ホルモン補充療法
橋本病の患者に対しては、甲状腺ホルモン補充療法を提供し、不足しているホルモンを補うことで、体全体の代謝を正常化します。これにより、心の不調も改善することが期待されます。

一方、バセドウ病の患者には、甲状腺ホルモンの過剰分泌を抑える薬物療法やアイソトープ治療が行われ、ホルモンバランスを整えることで、精神的な安定を取り戻します。

3. 精神的なケア
甲状腺疾患に伴う精神的な症状に対しては、専門医とのカウンセリングや精神科医との連携による治療が行われます。適応障害やうつ病が見られる場合には、抗うつ薬や抗不安薬の処方が行われることもありますが、甲状腺ホルモンの治療が根本的な解決策となることが多いため、ホルモンバランスを整えることが最優先です。

まとめ

甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの分泌が低下し、代謝が低下する病気です。軽度であれば生活の質に影響を与える程度ですが、重症化すると粘液水腫性昏睡を引き起こし、死亡リスクが高まります。また、心血管疾患との関連も深く、動脈硬化や心不全のリスクを高めることが知られています。

症状としては、疲労感、寒がり、便秘、体重増加などが現れ、重症化すると低血圧や意識障害が起こります。診断には血液検査が必要で、TSHやFT4の数値を確認します。治療の基本は甲状腺ホルモン補充療法であり、適切な投薬と生活習慣の見直しが重要です。

早期発見と定期的な検査が、重症化を防ぐ鍵となります。当院では、甲状腺疾患の専門診療を行い、適切な治療を提供しております。甲状腺機能低下症に関するご相談があれば、お気軽にお問い合わせください。

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監修者プロフィール
院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士 (東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

**資格・専門性**
- 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
- 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。

最新更新日:2025年3月17日

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