はじめに 〜甲状腺と腸内環境の意外なつながり〜

これまで甲状腺疾患の主な原因としては、遺伝要因やホルモン異常、自己免疫反応が中心と考えられてきました。しかし近年、腸内環境(マイクロバイオーム)が甲状腺疾患と密接に関係しているという新しい視点が注目されています。
腸内には数兆個以上の細菌が生息し、免疫系や内分泌系と密接に相互作用しています。とくに自己免疫性甲状腺疾患(橋本病、バセドウ病)においては、腸内フローラの乱れ(ディスバイオーシス)が自己免疫の誘発因子となる可能性が指摘されています(Zhao F et al., Front Endocrinol. 2021)。
甲状腺疾患とマイクロバイオームのメカニズム
自己免疫疾患との関連
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腸内細菌は**腸管バリア機能(leaky gut)**を調整しており、その破綻が自己抗体の産生に関与
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特定の腸内細菌(例:Prevotella属やRuminococcus属)の増減が、TPO抗体やTRAbの値と相関
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バセドウ病患者ではFaecalibacterium prausnitziiの減少が見られ、抗炎症機能の低下が示唆されている(Ishaq HM et al., Sci Rep. 2018)
ホルモン代謝との関係
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腸内細菌が甲状腺ホルモン(T4→T3)変換に関わる脱ヨウ素酵素活性に影響
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腸管でのT4吸収にビタミンDやセレン、短鎖脂肪酸(SCFA)が関与し、これもマイクロバイオームが制御
数字で見る関連性
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橋本病患者では腸内のバクテリア多様性(α多様性)が健常者に比べて30%以上低下(Zhao F et al., 2021)
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TPO抗体高値群では腸管透過性マーカー(zonulin)が有意に高値(Fasano A, 2012)
最新のガイドラインと国際学会の動向
国際的な学会報告
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米国甲状腺学会(ATA)2023年年次総会では、「Gut-Thyroid Axis」として特別セッションを設置。
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欧州内分泌学会(ESE)2023では「Microbiome and Autoimmune Endocrinology」セッションが注目。
ガイドラインでの位置づけ
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現在のガイドライン(ATA 2017)では、マイクロバイオームへの直接的介入は記載されていないが、研究的治療として注目領域とされている。
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日本甲状腺学会においても2023年より「腸内細菌叢と自己免疫性甲状腺疾患」研究班が発足。
プレバイオティクス・プロバイオティクスの検討
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一部の研究で、Lactobacillus属やBifidobacterium属の補充によりTPO抗体が低下した事例あり(Ishaq HM, 2018)
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ただし、個人差が大きくエビデンスは発展途上
新規性・独自性・安全性・予防医学への期待

新規性と研究の進展
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甲状腺疾患と腸内環境の関係は2010年以降急速に研究が進展
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特に「腸内フローラによる免疫修飾」が自己抗体産生に与える影響は、画期的な知見
当院の独自性
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自己免疫性疾患の患者に対し、腸内環境の問診・生活習慣の聞き取りを導入
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必要に応じてビタミン・ミネラル(特にセレン・亜鉛)やプレバイオティクスの提案
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学会発表データを基にした患者指導シートを提供
安全性
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マイクロバイオーム調整に用いる食品(発酵食品・水溶性食物繊維など)は副作用がほとんどなく安全
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プロバイオティクスの長期使用についても、免疫抑制を伴わない限り安全性が高いとされている(Hill C et al., Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2014)
早期診断・予防の意義
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自己免疫性甲状腺疾患の早期発見により、甲状腺機能低下症の進行を防ぐ
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プレクリニカル段階(抗体陽性・ホルモン正常)での腸内環境改善による予防的介入が注目されている
当院でのサポート

当院では、自己免疫性甲状腺疾患の予防・管理において、腸内環境との関連性にも注目した包括的な診療を行っています。
当院のサポート体制
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甲状腺専門外来での抗体・ホルモン検査に加え、生活習慣の問診を実施
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食事内容や便通リズムなどの確認による腸内環境評価
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必要に応じて、プレバイオティクスや栄養補助の提案・処方
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定期的なフォローにより、抗体価の変動・ホルモンバランスの変化をモニター
ご相談をお待ちしております
「甲状腺の異常を指摘された」「家族に橋本病の人がいる」「便通が不安定で気になる」など、ささいなことでも構いません。腸内環境と自己免疫のつながりに詳しい専門医が在籍する当院へ、どうぞお気軽にご相談ください。
引用文献
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Zhao F, et al. Alterations of the gut microbiota in Hashimoto's thyroiditis patients. Front Endocrinol (Lausanne). 2021;12:579140.
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Ishaq HM, et al. Molecular estimation of alteration in intestinal microbial composition in Hashimoto's thyroiditis patients. Biomed Pharmacother. 2018;105:617–624.
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Fasano A. Zonulin, regulation of tight junctions, and autoimmune diseases. Ann N Y Acad Sci. 2012;1258(1):25–33.
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Hill C, et al. Expert consensus document. The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics consensus statement on the scope and appropriate use of probiotics. Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2014;11(8):506–514.
監修者プロフィール
院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)
山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。
資格・専門性
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日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
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日本内科学会 総合内科専門医
豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。