甲状腺細胞診とは何か? 〜検査の基本と精度について〜

甲状腺細胞診(fine-needle aspiration cytology:FNAC)は、甲状腺にできたしこり(結節)が良性か悪性かを判別するための第一選択検査です。超音波(エコー)下で穿刺吸引を行い、細胞を採取して顕微鏡で観察します。
精度と有用性:
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感度:86~98%(Haugen BR, et al. 2016 ATA guidelines)
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特異度:77~100%
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診断精度:約90%以上と高い水準
米国甲状腺学会(ATA)のガイドライン2023年改訂版では、甲状腺細胞診は依然として最も信頼性の高いスクリーニング検査であるとされています。しかし、偽陰性・偽陽性も一定の頻度で生じるため、超音波所見や遺伝子検査との併用が推奨されています。
ベセスダ分類(Bethesda分類)
甲状腺細胞診は「ベセスダシステム」により6段階に分類され、悪性のリスクが定量的に示されます:
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Bethesda I:非診断(再検査必要)
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Bethesda II:良性(悪性率 0〜3%)
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Bethesda III:意義不明な異型(5〜15%)
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Bethesda IV:濾胞性腫瘍疑い(15〜30%)
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Bethesda V:悪性疑い(60〜75%)
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Bethesda VI:悪性(97〜99%)
甲状腺細胞診における誤診率と限界
いかに高精度とされる細胞診でも、限界とリスクは存在します。特に問題となるのは以下のようなケースです。
偽陰性と偽陽性:
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偽陰性(がんがあるのに良性と診断):2〜5%程度
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偽陽性(良性なのにがんと診断):1〜3%
誤診されやすいパターン:
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濾胞性腫瘍やHurthle細胞腫瘍など、細胞診では良悪性の判断が困難
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高分化がん(乳頭がんや濾胞がん)は判別が難しい症例もあり
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サンプリングエラー:結節内にがん細胞があっても、採取箇所により見逃される可能性
数値データ:
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Bethesda IIIとIVに分類された患者の約30%が最終的に悪性と判明(Bongiovanni M, et al. Acta Cytologica, 2012)
こうした課題を補完する方法として、近年では「細胞遺伝子検査」が注目されています。
細胞遺伝子検査の登場と新たな診断技術
甲状腺がんの診断精度を高める手段として、細胞遺伝子検査(分子プロファイリング)が発展してきました。特にBethesda III~IVに分類されたグレーゾーンの症例において、がんの可能性をより明確に評価できます。
主な検査項目と技術:
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BRAF変異(V600E):乳頭がんに高頻度(約45%)
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RAS変異:濾胞がんや濾胞性変異乳頭がん
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RET/PTC再構成、PAX8/PPARγ再構成:構造異常を検出
新規性:
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遺伝子パネル(ThyroSeq v3、Afirma GSCなど)により、最大112種類の遺伝子を同時解析可能
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Bethesda III/IVの患者で手術回避の判断材料に有用
診断精度:
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感度:94~100%
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陰性的中率(NPV):95%以上(Nikiforov YE, et al. J Clin Endocrinol Metab, 2018)
早期発見と治療戦略における意義、安全性

甲状腺がんは進行が緩徐な場合もありますが、未治療で放置すると周囲臓器への浸潤や転移をきたすことがあります。そのため、早期診断・治療の重要性は極めて高いと言えます。
遺伝子検査の安全性と侵襲性:
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細胞診用の穿刺検体を利用するため、追加の侵襲を伴わない
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感染や合併症のリスクも極めて低い
治療選択への影響:
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がんリスクが高いと判定された場合→手術適応
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リスクが低い場合→経過観察を選択できる
数字で見る治療効果:
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米国の研究では、遺伝子検査導入によりBethesda III/IVの患者のうち30~50%が不必要な手術を回避(Alexander EK, et al. N Engl J Med, 2012)
このように、個別化医療(Precision Medicine)としての価値も高まっています。
当院でのサポート

当院では、甲状腺結節に対して以下のような包括的かつ最新の診断・サポートを提供しています。
診療フロー:
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詳細な問診と超音波検査
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必要に応じて穿刺吸引細胞診の実施の検討
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Bethesda分類に基づく評価
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グレーゾーン症例には遺伝子検査(提携先専門施設と連携)を導入
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診断結果に応じた手術・経過観察の適切な判断
当院の特徴:
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医療連携により、迅速な検査・紹介体制を整備
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不安や疑問に対する丁寧な説明と心理的ケア
患者さま一人ひとりの症例に応じた最適な診断と治療方針をご提案し、過剰な不安や不必要な手術を防ぐ医療を提供しています。
監修者プロフィール
院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士 (東京大学)
山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。
資格・専門性
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日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
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日本内科学会 総合内科専門医
豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。
引用文献:
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Haugen BR, et al. 2016 American Thyroid Association Management Guidelines.
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Bongiovanni M, et al. "The Bethesda System for Reporting Thyroid Cytopathology: a meta-analysis." Acta Cytologica, 2012.
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Nikiforov YE, et al. "Impact of the ThyroSeq v3 genomic classifier on cancer diagnosis in thyroid nodules." J Clin Endocrinol Metab, 2018.
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Alexander EK, et al. "Preoperative diagnosis of benign thyroid nodules with indeterminate cytology." N Engl J Med, 2012.