習慣流産と甲状腺疾患の関連について

習慣流産とは ─ 原因の多様性とその背景

習慣流産とは、一般的に2回以上の自然流産が連続して起こる状態を指します(日本産科婦人科学会では3回以上と定義する場合もあり)。流産の原因には、染色体異常、子宮形態異常、免疫異常、血栓傾向、内分泌異常などがありますが、そのうちの内分泌異常において「甲状腺疾患」が近年注目を集めています。

甲状腺ホルモンは胎児の成長と発達に重要な役割を果たし、母体の甲状腺機能の異常が妊娠の継続や胎児発育に大きな影響を与えることが知られています。

甲状腺機能と妊娠の関係 ─ 生理学的基盤

妊娠初期は、胎児が自らの甲状腺ホルモンを産生できないため、母体由来のホルモンに全面的に依存しています。甲状腺ホルモン(T3・T4)は胎児の中枢神経系の発達、心血管系の形成、代謝の調整に関与します。

妊娠中に必要とされる甲状腺ホルモンの量は通常時より30~50%多く、妊娠中の甲状腺機能低下(特に潜在性甲状腺機能低下症や橋本病)は、習慣流産・早産・胎児発育不全・妊娠高血圧症候群などのリスクを高めることが報告されています(参考文献:Alexander EK et al. 2017 Guidelines of the American Thyroid Association for the Diagnosis and Management of Thyroid Disease During Pregnancy and the Postpartum. Thyroid. 2017;27(3):315-389)。

甲状腺疾患が関与する流産メカニズム ─ 科学的エビデンスと病態生理

1. 潜在性甲状腺機能低下症と流産

TSHが正常上限を超えて高値でありながら、FT4が正常範囲内にある状態を「潜在性甲状腺機能低下症」と呼びます。近年の研究では、TSHが2.5 mIU/Lを超えると流産リスクが高まることが示されており、妊娠初期における甲状腺ホルモンの適正管理が推奨されています(Negro R et al. J Clin Endocrinol Metab. 2010)。

2. 甲状腺自己抗体(TPO抗体、Tg抗体)の影響

甲状腺自己抗体陽性(TPOAb+, TgAb+)であること自体が、習慣流産や不妊症と関連する可能性が指摘されています。これらの抗体は甲状腺機能が正常でも、自己免疫の背景により着床障害や早期胚発育不全を招くことがあります(参考文献:Stagnaro-Green A et al. Thyroid. 2012;22(11):1091-1098)。

3. 橋本病と免疫系の攪乱

橋本病におけるTh1優位な免疫反応が胎児にとって不利に働く可能性もあります。胎児を異物と認識せずに受容するためにはTh2型免疫が優勢である必要がありますが、橋本病ではTh1優位となりやすいため、免疫寛容が破綻し、流産を誘発するリスクが高まります。

ガイドラインと治療 ─ 最新の方針と安全性への配慮

日本内分泌学会や米国甲状腺学会(ATA)は、妊娠希望の女性においてTSH 2.5 mIU/L未満を目標とすることを推奨しています。また、TPO抗体陽性であってもTSHが正常であれば、妊娠中は定期的なモニタリングが勧められています(ATA Guidelines 2017)。

レボチロキシン補充療法の効果と安全性

複数の研究により、TSH高値または抗体陽性女性に対するレボチロキシン補充療法が、流産率を有意に減少させることが示されています(参考:Dhillon-Smith RK et al. Lancet Diabetes Endocrinol. 2019;7(10):701-710)。

数字データの例:

  • 妊娠初期TSH>2.5の女性における流産率は、正常範囲の女性の約1.8倍(Negro et al. 2010)

  • TPOAb陽性女性の自然流産率:約17~22%(正常女性:10%前後)

当院でのサポート

 

当院では、妊娠希望や妊娠中の女性に対して、以下のような甲状腺に関するトータルサポートを行っています。

1. 妊娠前スクリーニング

  • 症状がある方へTSH・FT4・TPOAb・TgAbを測定し、甲状腺疾患の有無をチェック

  • 妊活中の女性に対して、ホルモンバランスの最適化を支援

2. 妊娠中の継続管理

  • 妊娠初期〜後期まで定期的なホルモンモニタリング

  • 必要に応じてレボチロキシンの投与と調整

3. 産婦人科・不妊治療クリニックとの連携

  • 地域の専門医と連携し、患者様の妊娠・出産を包括的に支援します

4. メンタルサポート

  • 流産経験に伴う不安や喪失感に対するケアやカウンセリング体制も整備

習慣流産は「反復する悲しみ」であり、そこに甲状腺という明確な治療可能因子が関与している場合には、積極的な介入によって未来が変わる可能性があります。ぜひ一人で悩まず、私たちにご相談ください。


監修者プロフィール

院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

資格・専門性

  • 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医

  • 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。

 

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