脂質と脳の関係—なぜコレステロールが関わるのか?

脳は全体の約25%のコレステロールを含む脂質依存型の臓器であり、脂質代謝と神経機能は密接に関係しています。そのため、血中脂質の異常が認知機能に与える影響が、近年の研究で注目を集めています。
主なメカニズム
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コレステロールは神経伝達物質の合成・シナプス機能維持に必要
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脂質異常は脳血管障害、アミロイドβ蓄積、酸化ストレス亢進を誘導
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動脈硬化による脳血流低下も認知機能低下の一因
最新の研究知見—脂質異常が認知症に与える影響
LDLコレステロールと認知症
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2025年の韓国コホート研究では、LDL-C 1.8mmol/L未満の群で全認知症リスクが26%、アルツハイマー病リスクが28%低下[1]
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LDL-Cが高値であることは、血管性認知症のリスク上昇と相関
HDLコレステロールの意外な結果
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HDL-Cの高値(特に90mg/dL以上)が、アルツハイマー病リスクと正の相関を示した研究も(デンマーク、2023年)[2]
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"善玉"であるはずのHDLも、質の劣化や過剰酸化で有害に変化する可能性
コレステロール変動性の影響
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韓国の研究(2023)により、LDL-CやTCの変動が大きい人は認知症発症リスクが最大60%増加[3]
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安定した脂質管理の重要性が浮き彫りに
スタチンと認知症—予防効果はあるのか?
エビデンスの概要
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英国の大規模研究では、スタチン使用者は認知症リスクが13%低下[4]
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高リスク群(糖尿病、脂質異常症、心疾患)では予防効果が顕著
安全性と副作用に関する再評価
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一部で「スタチンによる記憶障害」などの報告があったが、ランダム化比較試験では明確な因果関係は否定的[5]
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むしろスタチンの抗炎症・血管保護作用が神経保護に寄与しているとされる
新規薬剤(PCSK9阻害薬、インクリシラン)との比較
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LDL-Cをより強力に下げる次世代薬剤でも、神経認知障害との関連は今後の検討課題
認知症予防における脂質管理の実践ポイント

管理目標
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LDL-C:100mg/dL未満(高リスクでは70mg/dL未満)
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non-HDL-C、TG、sdLDLも含めた総合評価
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コレステロールの変動性を抑える治療が重要
ライフスタイル介入
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地中海型食(オリーブ油・ナッツ・青魚):HDLの質を保ちつつ酸化を抑制
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適度な有酸素運動(週150分以上):TG減少+認知機能維持
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禁煙・良質な睡眠・ストレス対策も不可欠
認知症予防を視野に入れた薬物治療
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スタチン(アトルバスタチン、ロスバスタチン)を中心に
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スタチン不耐症にはベンペド酸、エゼチミブ、PCSK9阻害薬の活用
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高TG例ではEPA製剤やフィブラート系の併用
当院でのサポート

当院では、脂質異常と認知機能の関連を踏まえた予防医療を実践しています。
1. 認知症予防も視野に入れた脂質評価
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LDL-C、HDL-C、TG、non-HDL-C、sdLDL、Lp(a)、ApoB、CRP などを包括的に評価
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高齢者ではMMSEや脳血流評価、認知症スクリーニングも実施可能
2. コレステロールの“質と安定性”の維持
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年単位での変動を抑える薬剤設計と生活支援
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EPAや抗酸化栄養素の栄養指導
3. 多職種チームでのフォローアップ
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薬剤師、専門医、臨床検査技師との連携
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ご家族への情報提供や在宅ケアサポートも実施
監修者プロフィール
院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)
山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。
資格・専門性
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日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
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日本内科学会 総合内科専門医
豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。
引用文献
[1] Park S, et al. JAMA Netw Open. 2025;8(3):e245931.
[2] Madsen CM, et al. JAMA Intern Med. 2023;183(1):25–34.
[3] Kim K, et al. Neurology. 2023;100(11):e1100–e1110.
[4] Richardson K, et al. Eur Heart J. 2019;40(44):3621–3630.
[5] Swiger KJ, et al. Ann Intern Med. 2013;159(10):688–697.