閉経と脂質代謝の変化 — なぜ脂質異常が増えるのか?

閉経は、女性ホルモン(特にエストロゲン)の急激な低下を伴う身体の大きな転換期です。このホルモンの変化が、脂質代謝にさまざまな影響を与え、脂質異常症や動脈硬化リスクを高める要因となります。
エストロゲンの働き
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LDLコレステロールの受容体発現を促進 → LDL-Cの代謝を促す
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HDLコレステロールを増やす
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血管内皮機能を保護し、抗酸化・抗炎症作用を持つ
閉経による変化
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LDL-Cの上昇(20〜25%増)
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HDL-Cの低下または変化なし
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トリグリセリド(TG)の上昇傾向
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動脈硬化の加速[1]
閉経後女性における脂質異常症の実態とリスク
脂質異常症の頻度
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閉経前後の女性ではLDL-C高値の有病率が約2倍に増加
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60歳代以降では女性の方が男性よりもLDL-Cが高くなる傾向[2]
動脈硬化性疾患のリスク
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心筋梗塞や脳梗塞のリスクは、閉経後女性で急激に上昇
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エストロゲン低下による内皮障害・血小板凝集・酸化ストレス亢進が背景
女性特有のリスク因子
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骨粗鬆症や代謝異常(内臓脂肪の増加)との関連
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甲状腺機能低下症(橋本病)との合併で脂質異常が悪化するケースも[3]
最新のガイドラインとエビデンスからみる治療方針
日本動脈硬化学会ガイドライン(JAS 2022)
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閉経後女性は脂質異常症の“中〜高リスク群”に該当
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LDL-Cの管理目標:120mg/dL未満(一次予防)、100mg/dL未満(高リスク)[4]
欧州動脈硬化学会(EAS)や米国心臓協会(AHA)
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閉経後女性は性差を考慮して治療介入を早期に検討すべき層とされる[5]
ホルモン補充療法(HRT)について
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HDL-C増加やLDL-C減少の効果あり
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ただし心血管イベント抑制のエビデンスは限定的、個別評価が必要
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乳がんや血栓症リスクとの兼ね合いを慎重に判断[6]
生活改善と薬物療法の組み合わせでリスク低減を

食事療法
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動物性脂肪の制限、植物ステロールや食物繊維の積極的摂取
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大豆イソフラボン(植物性エストロゲン)の活用も一部推奨
運動療法
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有酸素運動+筋力トレーニングによりLDL-C・TG低下、HDL-C上昇
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更年期太り(内臓脂肪型肥満)予防にも有効
薬物療法
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スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬):LDL-Cを20〜40%低下
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エゼチミブ併用でさらなる低下が可能
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TG高値を伴う場合:フィブラート系、EPA製剤の併用も
数字で見る効果
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スタチン+生活改善で、LDL-Cが約40mg/dL低下し、心血管イベント30%減少[7]
当院でのサポート

1. ホルモンバランスと脂質の総合評価
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LDL-C、HDL-C、TG、non-HDL-Cに加えてエストラジオール、FSH、TSH、FT4も測定
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甲状腺疾患(橋本病)や糖尿病の合併も包括的に評価
2. 更年期症状への対応と生活指導
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HRTの適応評価や漢方療法も選択肢として提示
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専門医による更年期特化の食事アドバイス
3. 運動・体重管理プログラムの提供
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インボディ等を活用し、筋量・脂肪量を可視化
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継続的な運動支援と記録フォロー(LINEやアプリ連携)
4. 動脈硬化の予防・画像評価
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頸動脈エコーやABI測定によるプラーク評価・血管年齢測定
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必要に応じて冠動脈CTや内分泌専門医との連携体制も構築
監修者プロフィール
院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)
山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。
資格・専門性
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日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
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日本内科学会 総合内科専門医
豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。
引用文献
[1] Carr MC. The emergence of the metabolic syndrome with menopause. J Clin Endocrinol Metab. 2003;88(6):2404–2411.
[2] Kanaya AM, et al. J Am Geriatr Soc. 2002;50(5):856–861.
[3] Pearce EN, et al. Hypothyroidism and dyslipidemia. Endocrinol Metab Clin North Am. 2004;33(3):575–586.
[4] 日本動脈硬化学会. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版.
[5] Mosca L, et al. Circulation. 2011;123(11):1243–1262.
[6] Manson JE, et al. N Engl J Med. 2003;349(6):523–534.
[7] Baigent C, et al. Lancet. 2005;366(9493):1267–1278.