メルカゾール添付文書改訂と副作用の正しい理解
2025年6月、厚生労働省は抗甲状腺薬「メルカゾール(一般名:チアマゾール)」の添付文書に、「急性膵炎」を重大な副作用として追記するよう改訂を指示しました。これは複数の国内症例および疫学研究において、メルカゾールと急性膵炎との因果関係が否定できないと判断されたことによるものです(厚生労働省、2025)。この改訂を機に、抗甲状腺薬の副作用とその対策、診療ガイドラインに基づいた安全な使用方法について再確認することが求められています。
メルカゾールの作用機序と臨床での位置付け
メルカゾールは、バセドウ病など甲状腺機能亢進症に対して第一選択として使用されるチオアミド系薬剤で、甲状腺ホルモンの合成を抑制することで過剰なホルモン状態を是正します(Ross DS et al., 2016)。TPO(甲状腺ペルオキシダーゼ)を阻害し、ヨウ素の有機化およびカップリング反応を抑制します。臨床では、投与後2〜3週間で症状改善が期待され、日本甲状腺学会のガイドラインでも第一選択薬として推奨されています(日本甲状腺学会ガイドライン、2022)。
添付文書改訂の背景:急性膵炎との関連性
今回の改訂では、「重大な副作用」として急性膵炎が追加され、上腹部痛、背部痛、嘔吐、発熱などの症状が出現した場合には投与中止と適切な対応が必要とされました。国内で報告された5例すべてで因果関係が否定できず、専門家委員会の疫学的レビューでも国際的な報告(Wang MT et al., 2020)との整合性が確認されました。
抗甲状腺薬の主な副作用
無顆粒球症
発現頻度は0.1〜0.5%であり、初期2か月以内に集中して発生します。主症状は発熱、咽頭痛、白血球減少です(Cooper DS, 2005)。早期発見のため、初期3か月間は2週ごとの血液検査が推奨されます。
肝障害
メルカゾールおよびプロピルチオウラシル(PTU)は肝細胞障害型または胆汁うっ滞型の肝炎を引き起こす可能性があり、PTUでは重篤な肝不全例が複数報告されています(Rivkees SA et al., 2010)。特に小児での使用は慎重に。
アレルギー性皮膚反応
発疹、じんましん、湿疹などが5〜10%に発現します。重症例ではスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)への進展も報告があります(Burch HB et al., 2015)。
血管炎(ANCA関連)
特にPTUで多く、MPO-ANCA陽性となることがあります(Vesely SK et al., 2003)。紫斑、関節痛、腎障害、肺出血を来すことがあり、迅速なステロイド投与などが必要です。
薬剤の選択:メルカゾール vs チウラジール/プロパジール
メルカゾールは副作用発現率が比較的低く、治療初期薬として日本甲状腺学会・米国甲状腺学会(ATA)双方のガイドラインで推奨されています。一方、妊娠初期では胎児奇形リスクを考慮しPTUが選択されます(Alexander EK et al., 2017)。高齢者では副作用の非典型的発現があるため、特に注意が必要です。
副作用の早期発見とモニタリング体制
早期発見が最も重要です。初期3か月は、以下のモニタリングが推奨されます:
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血液検査(WBC, ANC)
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肝機能(AST/ALT/T-Bil)
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症状出現時の膵酵素(アミラーゼ・リパーゼ)
加えて、当院では腹部超音波検査により膵臓の形態評価を含めたスクリーニングが可能であり、初期段階での異常の把握に努めています。
参考文献

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厚生労働省 医薬安全対策課. 2025. 添付文書改訂情報
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Ross DS, et al. 2016. American Thyroid Association Guidelines. Thyroid.
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日本甲状腺学会ガイドライン. 2022年版
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Wang MT, et al. 2020. Drug-induced pancreatitis: Med Clin North Am.
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Cooper DS. 2005. Antithyroid drugs. N Engl J Med.
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Rivkees SA, et al. 2010. PTU hepatotoxicity. J Clin Endocrinol Metab.
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Burch HB, et al. 2015. Drug therapy for hyperthyroidism. Endocrinol Metab Clin.
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Vesely SK, et al. 2003. Antithyroid drug-induced vasculitis. Am J Med.
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Alexander EK, et al. 2017. ATA Guidelines for Thyroid Disease in Pregnancy.
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Bahn RS, et al. 2011. Hyperthyroidism and other causes of thyrotoxicosis. Lancet.
当院でのサポート

院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)
山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。
資格・専門性
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日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
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日本内科学会 総合内科専門医
- アメリカ甲状腺学会 学会員
豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。