週1回のインスリンという革新 ― efsitora alfaの登場とQWINT試験とは?

糖尿病患者さんにとって、日々のインスリン注射は大きな負担となっています。現在、1日1回の持効型インスリン(基礎インスリン)が標準的に用いられていますが、これを「週1回」にできれば、生活の質(QOL)は飛躍的に向上します。
この「週1回型基礎インスリン」として開発されたのが、efsitora alfa(エフシトラ アルファ)です。2025年6月、アメリカ糖尿病学会(ADA)年次集会にて、この製剤に関するQWINT試験の報告があります。
QWINT試験の目的
QWINTプログラムは、efsitora alfaの安全性と有効性を評価する大規模な第3相臨床試験群で、以下のように5本の主要試験で構成されています。
試験名 | 対象 | 比較薬 | 目的 |
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QWINT-1 | インスリン未使用の2型糖尿病 | グラルギン | 固定用量漸増法の検討 |
QWINT-2 | インスリン未使用の2型糖尿病 | デグルデク | 効果と安全性の比較 |
QWINT-3 | 基礎インスリン使用中の2型糖尿病 | デグルデク | 置換時の有効性と安全性 |
QWINT-4 | 複数回注射中の2型糖尿病 | グラルギン | 食事時インスリンとの併用下での検討 |
QWINT-5 | 1型糖尿病 | デグルデク | 安全性とHbA1c改善の評価 |
いずれの試験でも、efsitora alfaは「週1回」という投与間隔でありながら、HbA1cの低下や血糖変動の改善で、従来の毎日投与製剤と同等以上の効果を示しました。
主要試験結果と安全性評価 ― QWINT試験のエビデンスを読み解く
QWINT-1(固定用量漸増法)
2型糖尿病患者に対し、週1回のefsitora alfa投与でHbA1cは平均1.31%低下(baseline: 8.0%前後)。これは、グラルギン群の1.27%と比較しても**非劣性(差がないこと)**が確認されました。
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重症低血糖の発生率はefsitora群で40%少ない。
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漸増法の手順は患者が理解しやすく、自己調整も可能。
QWINT-2(初回導入 vs デグルデク)
初めてインスリンを使う患者では、efsitora alfa群で**HbA1c 8.21%→6.97%**に改善。デグルデク群では7.05%であり、やや優れた成績。
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目標血糖範囲内の時間(TIR)はefsitora群で1日あたり約45分延長
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重症低血糖の頻度は同等で、安全性良好。
QWINT-3(切り替え時)
既に基礎インスリンを使用している患者で、efsitora alfaに切り替えてもHbA1cの改善は同等(-0.86% vs -0.75%)。血糖安定性も維持された。
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インスリン抵抗性のある患者にも有効
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投与回数が週1回になることでアドヒアランス向上が期待
QWINT-4(複数回注射中)
複数回インスリン注射中の患者に対し、efsitora alfaとグラルギンの比較ではHbA1c 1.07%低下と同等の成績。
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食事時インスリンとの併用下でも十分な効果。
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低血糖の発生率も0.58件/患者年で低水準。
QWINT-5(1型糖尿病)
1型糖尿病では、HbA1cの改善は同等であったものの、初期導入時に重症低血糖がやや多かったことが報告されており、導入時の用量調整が課題となる。
新規性・独自性 ― なぜefsitora alfaは注目されているのか?
1. 超長時間作用型設計(週1回投与)
efsitora alfaはFc結合型のインスリンアナログであり、体内での分解を遅らせ、長時間の血中持続性を実現しています(半減期は最大196時間)。
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週1回で血糖を安定的に制御可能
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投与忘れリスクが減少し、QOL向上
参考文献:Heise T. et al. Diabetes Obes Metab. 2023;25(5):1321–1329.
2. タイトな血糖制御と低リスクの両立
従来のインスリン療法に比べ、低血糖のリスクが低いにもかかわらず、優れたHbA1c改善が示されており、インスリン治療のバリアを下げる新たな選択肢となります。
3. 高い患者満足度とアドヒアランス
注射頻度が週1回になることで、以下の利点があります:
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注射恐怖の軽減
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スケジュール管理がしやすい
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社会活動・旅行等の自由度向上
エフシトラ アルファ(efsitora alfa) と イゴデグ(icodec) の違い

最新ガイドラインでの位置付け(ADA 2025)
ADA 2025では、週1回型インスリンについて以下のように評価しています:
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2型糖尿病における治療オプションとして「十分なエビデンスが揃ってきている」
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特に、アドヒアランス不良・インスリン導入への抵抗感が強い患者に対し「治療導入の障壁を下げるツール」として推奨
出典:American Diabetes Association. Standards of Medical Care in Diabetes 2025.
安全性について
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重度低血糖:QWINT試験を通じて、従来製剤と同等かそれ以下の頻度。
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体重増加:グラルギンと同等、またはわずかに少ない。
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注射部位反応:まれ。忍容性は良好。
今後の課題
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1型糖尿病への適応:導入期の低血糖リスクに注意。
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実地臨床での使い方:自己注射可能か?教育支援が重要。
以下に週1回投与型の新しい基礎インスリン製剤である エフシトラ アルファ(efsitora alfa) と イゴデグ(icodec) の違いを、わかりやすく整理してご説明します。
✅ 基本情報の比較
特徴 | エフシトラ アルファ(efsitora alfa) | イゴデグ(icodec) |
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開発会社 | サノフィ(Sanofi) | ノボ ノルディスク(Novo Nordisk) |
投与頻度 | 週1回皮下注射 | 週1回皮下注射 |
薬剤分類 | 超長時間作用型インスリンアナログ | 超長時間作用型インスリンアナログ |
半減期 | 約196時間(報告により前後あり) | 約196時間 |
承認状況(2025年) | 欧州EMA申請中、米FDA申請中など | EMA承認済・米国でも審査中 |
試験名 | QWINT試験群(QWINT-1〜5) | ONWARDS試験群(ONWARDS 1〜6) |
✅ 構造と作用の違い
比較項目 | エフシトラ アルファ | イゴデグ |
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分子設計 | Fcフュージョンタンパク質構造(インスリン+抗体) | アミノ酸配列の修飾+脂肪酸付加 |
目的 | 持続時間を長くし、週1回投与を実現 | 同上 |
血中安定性 | Fc部分による再循環で長時間持続 | アルブミン結合性向上で分解遅延 |
→ 両者とも「分解されにくく、長時間作用する」よう設計されていますが、efsitoraは抗体のFc部分を活用しているのに対し、icodecは脂肪酸修飾によるアルブミン結合を利用しています。
✅ 臨床試験での成績比較(2型糖尿病患者)
指標 | エフシトラ(QWINT) | イゴデグ(ONWARDS) |
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HbA1c改善 | 約1.3%前後の低下(QWINT-1,2など) | 最大1.5%前後の低下(ONWARDS 2など) |
重症低血糖 | デグルデクと同等かやや低下傾向 | デグルデクと同等 |
体重増加 | 最小限(ほとんど差なし) | 同様 |
患者満足度 | 投与頻度の減少で高評価 | 同様 |
→ 効果と安全性は概ね同等であり、どちらも「週1回投与でデグルデクと同等の効果・安全性」が示されています。
✅ 実際の臨床使用への影響
観点 | エフシトラ アルファ | イゴデグ |
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導入のしやすさ | 用量漸増法が確立してきており簡便 | 同様にガイドライン対応進行中 |
患者教育 | 漸増ステップが明確で教育しやすい | 同様(デバイス設計で工夫) |
企業の影響力 | サノフィの新機軸・GLP-1分野は弱め | ノボ社は既存GLP-1市場でも強力な実績 |
✅ 結論と選択のポイント
エフシトラ アルファが向いている例 | イゴデグが向いている例 |
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・週1回でも導入時の管理がしやすい症例 ・Fc構造に親和性のある抗体製剤に慣れている施設 |
・ノボ社のGLP-1製剤を使用している施設 ・ONWARDS試験の構成と同様の背景症例 |
まとめ
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どちらも週1回投与が可能な新しい基礎インスリン製剤であり、インスリン治療への心理的・実務的ハードルを下げることが期待されています。
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選択の決め手は「製剤の構造的特徴」よりも、「処方慣れ・施設の教育体制・供給体制」などが現実的に大きいです。
当院でのサポート

当院「蒲田駅前やまだ内科糖尿病・甲状腺クリニック」では、週1回型インスリン「efsitora alfa」についても、国内での承認・流通状況を注視しつつ、早期からの情報提供と患者サポートを行ってまいります。
当院の特徴
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糖尿病専門医・研修指導医が在籍し、最新の国際エビデンスに基づいた治療提案
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LINEを使った血糖管理サポート、データ共有も可能
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インスリン導入への不安に対し、看護師と管理栄養士が丁寧にフォローアップ
「毎日注射するのがつらい」「旅行や仕事で注射が難しい」といった方にとって、週1回型の選択肢はこれからの治療の新しいスタンダードになり得ます。
気になる方はぜひご相談ください。
参考文献
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Heise T. et al. (2023). "Pharmacokinetics and Pharmacodynamics of Once-weekly Basal Insulin icodec Compared With Once-daily Insulin Glargine." Diabetes Obes Metab. 25(5): 1321–1329.
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American Diabetes Association. (2025). "Standards of Medical Care in Diabetes 2025."
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ADA 2025 Annual Meeting News. https://www.adameetingnews.org
監修者プロフィール
院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)
山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。
資格・専門性
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日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
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日本内科学会 総合内科専門医
豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。