亜鉛欠乏症について

亜鉛の生理的役割と欠乏の背景

 

 

■ 亜鉛とは

亜鉛(Zn)は、体内に約2〜4g存在する必須微量元素の一つで、300種類以上の酵素の活性中心に関与しています。そのため、亜鉛は「生命の触媒」とも呼ばれ、以下のような多岐にわたる役割を担っています:

  • 細胞分裂・成長の促進

  • 免疫機能の維持

  • 創傷治癒の促進

  • 味覚や嗅覚の維持

  • 皮膚・毛髪の健康維持

  • 抗酸化作用(SODなどの酵素活性)

  • インスリン、甲状腺ホルモン、性ホルモンの代謝補助

■ 亜鉛欠乏の原因

  • 現代の日本では、亜鉛欠乏は“潜在的に見逃されやすい栄養障害”の一つとして注目されています。以下のような背景が挙げられます:

    原因となる主な疾患・状態

    • 高齢者:食事摂取量の減少、吸収率の低下

    • 糖尿病患者:尿中への亜鉛排泄が亢進

    • 消化管手術後:胃切除、吸収不良症候群など

    • 慢性肝疾患・腎疾患

    • アルコール依存症:吸収障害+代謝異常

    • 薬剤性:利尿薬、ACE阻害薬、キレート剤の長期使用

■ 推奨摂取量(厚労省2020年版)

  • 日本人の平均摂取量

    厚生労働省の「令和元年国民健康・栄養調査」では、成人男性の平均摂取量は8.8mg、女性では7.2mg程度と報告されており、推奨量を下回る傾向にあります。

    推奨摂取量(日本人の食事摂取基準2020年版)

    • 男性(18〜74歳):10mg/日

    • 女性(18〜74歳):8mg/日

    • 妊婦・授乳婦ではさらに1〜2mg/日の追加が推奨されます

亜鉛欠乏症の臨床像と診断

亜鉛欠乏症が原因の主な症状、診断基準、検査を紹介します。

主な症状

  • 味覚障害(最も有名な症状)

    • 亜鉛は味蕾細胞の分化に関与し、不足により味覚障害(味がしない、味が薄い)を来します。

    皮膚・粘膜症状

    • 皮膚のバリア機能が低下し、湿疹、かぶれ、口内炎、皮膚の治癒遅延などが現れます。

    免疫低下

    • 感染症にかかりやすくなる(風邪、帯状疱疹、ヘルペスの再発など)

    その他

    • 脱毛、集中力低下、抑うつ傾向、食欲不振、不妊症、貧血(非鉄欠乏性)

診断基準

(日本臨床栄養学会 2016)

検査項目:

  • 血清亜鉛値(空腹時):

    • 正常範囲:80〜130 μg/dL

    • 境界領域:60〜80 μg/dL

    • 欠乏:<60 μg/dL

診断基準(以下の2項目以上を満たす)

  1. 血清Zn値が80 μg/dL未満

  2. 亜鉛欠乏が疑われる臨床症状の存在

  3. 亜鉛補充により症状改善が得られること

その他の参考所見:

  • ALP(アルカリホスファターゼ)低下(Zn依存性酵素)

  • 鉄・銅・セレンなど他の微量元素とのバランス

  • 毛髪亜鉛・尿中亜鉛(研究段階)

治療戦略と注意点

■ 補充療法の選択肢

製剤名 主な用途 Zn含有量/日 特徴
プロマック® 胃潰瘍、亜鉛欠乏症 34 mg 味覚障害にも適応あり
ノベルジン® Wilson病、亜鉛欠乏症 50 mg 長期投与に注意(銅欠乏)
サプリメント 軽度症例、予防目的 製品により変動 自由度高いが品質差に注意

■ 治療期間

  • 軽症:1〜2ヶ月の内服で症状改善が期待される

  • 中等症以上:3〜6ヶ月以上の補充+定期血中モニタリングが必要

■ モニタリング

  • 補充1ヶ月後、3ヶ月後に血清Zn測定

  • 銅・ALP・肝機能の併用チェック

■ 副作用と注意点

  • 長期補充により銅欠乏性貧血・末梢神経障害を来すことがある

  • 吐き気、便秘、下痢などの消化器症状に注意

  • 腎不全・肝硬変患者では用量調整が必要

最新の知見とガイドライン動向

■ COVID-19と亜鉛

  • 亜鉛はT細胞機能や抗ウイルス反応に関与し、感染防御に重要(Wessels I et al., 2020)

  • 海外ではZn不足とCOVID重症化リスクとの関連が議論されている

■ 高齢者・慢性疾患患者に多い

  • 亜鉛欠乏は糖尿病・腎疾患・がん患者の予後悪化と関連あり

  • 特に高齢者では味覚異常、褥瘡治癒遅延の原因として見逃されがち

■ 医学会からの提言

  • 日本臨床栄養学会(2016):

    • 高リスク群(高齢者、糖尿病、消化管疾患、癌など)では定期的な血清Zn評価が必要

  • ESPEN(欧州臨床栄養学会)やASPEN(米国)でも亜鉛の栄養管理重要性を強調

当院での診療体制と受診のすすめ

蒲田駅前やまだ内科糖尿病・甲状腺クリニックでは、次のような体制で亜鉛欠乏症の診療を行っております:

■ 対応内容

  • 血清Zn、ALP、などの微量元素評価

  • 原因疾患(糖尿病、甲状腺、消化器疾患など)の精査

  • 補充療法の導入と副作用モニタリング

■ こんな症状がある方はご相談を

  • 味がしない・薄く感じる

  • 皮膚が荒れやすい、治りにくい

  • 慢性的な疲労感・食欲低下

  • サプリメントを飲んでいても不調が改善しない

亜鉛欠乏は「なんとなく不調」の正体かもしれません。
気になる症状がある方は、お早めにご相談ください。

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引用文献

  1. 日本臨床栄養学会 亜鉛欠乏症診療ガイドライン 2016年版

  2. Wessels I, et al. Zinc as a Gatekeeper of Immune Function. Nutrients. 2020.

  3. 厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2020年版)

  4. Park J, et al. Effects of zinc supplementation on taste disorders. J Clin Biochem Nutr. 2018.

  5. ESPEN micronutrient guideline 2022

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監修者プロフィール
院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士 (東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

資格・専門性
- 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
- 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。

最新更新日:2025年8

月5日

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